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  • 徳とはなにか

    ・社会通念上よいとされる、人間の持つ気質や能力

    ・人として優れた品性や人格、そしてそれに基づいた正しい行い

    ・「人間として一番尊いものは徳である」──松下幸之助

    辞書や偉人の言葉を読んでも

    どこか輪郭がぼやけている。

    自分の中の徳のイメージは、こんな感じだ。

    ・幼い頃、祖母に教わった「良い行い」の延長線上にあるもの

    ・姿形がわかりづらい

    ・他人に示すものではない

    ・評価の対象になりにくい

    大切なはずなのに

    いつも後回しにされる。

    信用と徳は

    似ているようで

    実は対極なのかもしれない。

    信用は

    人が評価するもの。

    徳は

    自分の内側で育てるもの。

    徳を選べば

    ときに人の期待に応えられないこともあるかもしれない。

    誤解されることもあるかもしれないし

    評価が下がることもあるかもしれない。

    それでも

    信用より徳を選ぶほうが

    自分を裏切らずに済む気がする。

    でも正直、

    『信用』と『徳』

    そのどちらかを完全に選べる気はしない。

    どちらを選んでも痛みはある。

    だからいつも苦しい。

    でもそれは

    仕事や関わる人に対して

    そして自分に対して

    誠実であろうとする

    苦しさなんだと思って

    受け入れるしかない。

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  • 信用

    「売れないのは、信用がないからだ」

    そう言われたことがある。

    信用とは

    ・言動や物事などを確かなものと信じて受け入れること。

    ・それまでの行為や業績などから、この先も問題ないと判断すること。

    (国語辞典より)

    自分を否定されたような気がした。

    定義を読めば読むほど、腑に落ちなかった。

    何もしてこなかったわけじゃない。

    約束を守ったし

    手も抜かなかった

    誠実であろうとしてきた。

    それでも

    信用がないと言われた。

    この世界でいう

    信用とは

    いったい何なんだろう。

    今でも選ばれないことの方が多い。

    生き残りたいから

    何度も変わろうとしてきた。

    自信に満ち溢れているように振る舞うこともあった。

    とにかく信用のために

    つま先が攣りそうになるくらい

    背伸びをした。

    息苦しくなった。

    信用を取りにいくほど

    自分が

    自分でなくなる気がした。

    「信用がないからだ」

    あの言葉は、

    今でも胸につかえている。

    本当に足りなかったのは

    信用なのか?

    まだ

    答えは解らない。

    ただ

    俺を偽ってまで得た信用は

    そう永くは続かない気がする。

    信用って、偽っていいのか?

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  • 無自覚な期待

    優しさは短所なのかもしれない。

    少なくとも今の時代

    そう扱われることが多い。

    前提として

    優しいことは

    強みにはなりにくい。

    むしろ

    弱みとして消費されていく。

    普段

    優しくない人がたまに

    見せる優しさは

    過大評価される。

    一方で

    いつも優しい人が

    ほんの一瞬だけ

    優しくない顔を見せると

    評価は

    必要以上に下がる。

    つまり

    優しい人は

    常に優しくあることを

    求められる。

    優しくて当たり前。

    いつしか優しさは

    居ても居なくても同じもの

    になる。

    意識もされず

    感謝もされず

    それでも

    誰かの無自覚な期待だけが

    当然のように

    積み上がっていく。

    だから

    優しい人は

    その役割を

    人知れず抱え込む。

    貴方は勝手に優しいだけ

    そう

    言われているような

    気がしてくる。

    優しさは

    加点になりにくく

    減点になりやすい。

    「優しいだけが取り柄の…」

    「優しいんだけどね…」

    「優しすぎて私には勿体ない、だから…」

    下の句は

    いつだって

    マイナスな台詞だ。

    だから

    優しい人は

    気づかないうちに

    すり減っていく。

    それでも優しさを

    簡単には

    手放せないでいる。

    そういう人間が

    確かに存在する。

    俺も

    そんな人間のひとりだ。

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  • 整う心

    今朝の気分は、悪くない。

    重たい仕事は、昨晩のうちに終えた。

    朝は、生まれて3ヶ月の娘と一緒に風呂に入った。

    突き抜けるような青空の下、相棒の柴犬と散歩をした。

    遅い初詣にも行った。

    なかなか行けずにずっと気にかけていたから、それだけで気分がいい。

    親戚の家にも顔を出した。

    亡くなった祖母の仏壇に、大好きだった紫色の花々、日本酒を供える。

    娘が生まれたことを報告した。

    叔父も叔母も、従姉妹たちも、

    みんな喜んでくれた。

    嬉しかった。

    大きな出来事があったわけじゃない。

    何かを成し遂げたわけでも

    劇的な変化があったわけでもない。

    ただただ、心が整っていた。

    胸の中にしまってある思いや、過去の記憶も

    引き出しが開かなければ、触れることもない。

    人は人生のうちで、どれほどの時間を穏やかに過ごせるのだろう。

    内戦が続く国に生まれた子どもは

    爆撃音を子守歌のように聞きながら育ち

    暴力に怯えることが日常なのかもしれない。

    そう考えると、

    娘を風呂に入れ

    愛犬と歩き

    先祖に掌を合わせる今日は、

    決して当たり前じゃない。

    穏やかな日常

    それだけのことを

    静かに感謝し、受け取る。

    今日は、悪くない日だ。

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  • ひと言。

    ずっと胸の奥に残っている記憶がある。

    思い出そうとしなくても

    ふとした瞬間に勝手に浮かんでくるやつ。

    誰にも言えなかった記憶。

    7歳の頃だった。

    小学2年生の始業式。

    クラスメイトも入れ変わり教室の空気は少し硬かった。

    まだ誰がどんな子なのかも分からなくて、みんなよそよそしく座っていた。

    もちろん、先生も変わる。

    教室の扉が開いた。

    女の人、妊婦だった。

    大柄な記憶…本当はどうだったか分からない。

    「あの人だ…」

    胸の奥がギュッとなった。

    怖いと評判の、先生だったからだ。

    ホームルームが終わる頃

    先生が言った。

    「最後に教室に落ちているゴミを拾いましょう。」

    みんな一斉に立ち上がった。

    俺は床を見ながら教室の中を探したが、どこにもゴミはなかった。

    それはそう。

    春休み明け、始業式だ。

    そのときだった。

    急に上着の後ろ、襟元を乱暴につかまれた。

    襟元をつかまれたまま

    体が前後左右に振り回された。

    床と天井がぐるぐると入れ替わるみたいで、自分がどこに立っているのか分からなくなった。

    「先生をだまそうなんてね 10年早いんだよ。」

    静まり返った教室に響き渡った。

    先生の声だ。

    息がうまく吸えなかった。

    言葉が喉の奥で固まってしまった感じ。

    振り回されながらゴミ拾いを強いられ、やっと…自分のかもしれない、一本の髪の毛を拾うと、力がゆるんで襟元から手が離れた。

    解放された。

    しばらく立ちすくんだ末、しずかに席に着いた。

    隣も前も後ろも

    まだ「友達じゃない」クラスメイトに囲まれて…ただ、うつむいた。

    あのとき泣かなかった。

    泣く余裕すら

    なかったのかもしれない。

    ただ、涙だけが流れた。

    怖かった。

    恥ずかしかった。

    悔しかった。

    でも、何も言えなかった。

    その感じだけが

    今でも胸の奥に残っている。

    …先生は

    その数日後、産休に入った。

    あの人との記憶は

    この一場面だけしかない。

    大人になって

    たまにあの場面を思い出すことがある。

    その風景を、少し離れたところからただ見ている。

    サボっているように見えたのだろうか。

    それとも、あれは「見せしめ」だったのだろうか。

    俺は…だまそうだなんて思うわけがなかった。

    もし今、あの人に会えるなら。

    ひと言だけ伝えたい。

    責めなくてもいい。

    戦わなくてもいい。

    ひと言だけ

    「ゴミは どこにも落ちてなかったんだ。」

    たったそれだけでいい。

    幼かった頃には言えなかったそのひと言を、今の俺が代わりに言ってあげたい。

    生き方を一緒に考える

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  • 2026年の抱負

    年が明けてから

    仕事のことばかり考える日が続いている

    なんだかもう、疲れているな

    昔は

    「なりたい人」がはっきりしていた

    仕事で成功している人

    自信があって

    決断が早くて

    迷いがなさそうに見える人

    キラキラしていて華やかで

    自分を愛していて

    いつも自信を持って生きているんだろうって

    今でも

    そういう人を見ると憧れてしまう

    華やかなパーティに

    何度か呼ばれたこともあった

    にぎやかで

    笑顔があふれていて

    「成功」ってこういう空気なんだろうなと思った

    でも、しばらくすると

    その空気に疲れてしまって

    気づけばひとりになりたくなっていた

    ああいう場所が嫌いなわけじゃない

    でも、ずっといると

    俺自身を少しずつ、すり減らしている気がする

    最近は

    「なれない自分」の輪郭のほうが

    前よりはっきり見えるようになってきた

    不思議なんだけど

    それに気づくたび

    どこかで少し、ほっとしている俺もいる

    尊敬している人はいる

    本当にすごいと思う人...

    結果も出しているし

    強さも持っている

    昔の俺なら

    「ああなりたい」

    と、まっすぐ思えていた

    今は...少しだけ違う

    すごい人だなとは思う

    憧れもまだある

    でも同時に

    「同じ風には、なれないな」

    と、なんとなく感じるようになった

    無理をすれば

    似た形にはなれるかもしれない

    でもたぶん

    その生き方をしたら

    俺は...どこかで壊れる

    人の気持ちを気にしすぎるところ

    言葉や空気に引っ張られるところ

    迷いながらじゃないと決められないところ

    相手の何気ない一言を

    何度も頭の中で繰り返してしまうところ

    人が多い場所に長くいると

    楽しいはずなのに

    どっと疲れてしまうところ

    それらは

    直した方がいい欠点なのかもしれない

    弱さなのかもしれない

    昔から

    そんな弱い自分を

    いつも責めていた

    情けなくて

    格好悪い自分を

    受け入れられなかった

    今は

    強くなれない自分を

    少しだけ受け入れられる

    尊敬はしている

    憧れもまだある

    でも、同じ道じゃない

    強くならなくても

    勝てなくても

    華やかじゃなくてもいいから

    俺は弱いままで

    それでも生きてやる…って

    最近の俺が

    一旦、選んでみた生き方…

    2026年の抱負って訳だ。

    生き方を考える時間に。

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  • 優しく、弱く、生きてやる

    この世は矛盾だらけだ。

    人はみな他人に優しさを求める。

    優しいままだと損ばかりする。

    成功者、リーダー、人気者

    憧れはいつも、僕とは違う気質の生き物だ。

    少し卑屈にもなった。

    いつしか優しさは邪魔なものだと思うようになった。

    でも、その中途半端な優しさに

    しがみついてもきてしまった。僕も矛盾だらけだ。

    これは

    強さに憧れるくせに

    優しさを捨てきれなかった

    弱い男の最初の記録だ。

    優しく、弱く、生きてやる。

    生き方を一緒に考える時間に。

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